てんかん研究グループ

研究概要

ヒトの脳内には860億もの神経細胞が存在し、個々の神経細胞が他の神経細胞と結びついて複雑なネットワークを構築しています。この神経細胞のネットワークの中を微弱な電気信号が通ることで、様々な脳機能(運動や記憶、認知など)に関わる情報が伝達されます。神経細胞には興奮性神経細胞と抑制性神経細胞があり、脳内では興奮と抑制がバランスよく働いています。何らかの原因でこのバランスが崩れ、興奮性が優位になり一斉に過剰発火すると、その領域での脳機能を適切にコントロールできなくなってしまいます。

このように、神経細胞の過剰な電気的興奮によって引き起こされる発作(てんかん発作)が繰り返される神経疾患を、「てんかん」といいます。発作は、注意力の低下や筋肉がピクピクするといった軽度・短時間のものから、重篤で長期にわたる痙攣まで様々です。また、発作に伴い認知的・心理的な側面にも影響は及びます。てんかんは、乳幼児から高齢者までの幅広い年齢層で発症する疾患で、人口の約1%が罹患すると言われています。近年では、てんかんは社会問題の一つとして認識されており、効果的なてんかん治療法の開発が求められています。

私たちの研究グループでは、動物モデルおよびヒト由来生体試料を用いて、てんかん発症の分子的機序を解明することを目標としています。

てんかん原因遺伝子DSCAML1の機能解析

これまで私たちの研究グループは、てんかんを自然発症する突然変異ラット(イハラてんかんラット)に着目し、てんかんの発症機序を調べてきました。遺伝学的アプローチにより、このラットにはDscaml1遺伝子に変異が生じており、この遺伝子が機能しなくなっていることを見出しました。また、私たちは実際にDSCAML1遺伝子に変異を有するてんかん患者を見つけており、この変異を導入したマウスはてんかん特徴的な表現型を示すことを明らかにしました。これらの結果より、DSCAML1遺伝子はてんかんの原因遺伝子であると考えられます。DSCAML1は神経系で発現する細胞接着分子で、神経細胞の正常な配置と突起伸長に必要な遺伝子であることが報告されています。しかし、この遺伝子がどのようにてんかんと関係しているかは、依然として明らかにされていません。現在、私たちはDSCAML1の欠損がてんかんを引き起こす分子メカニズムを解明するため、齧歯類動物モデルを用いた研究を行なっています。

図1 イハラてんかんラットは成長とともに自発的にてんかん発作を示すようになる。図は実際のてんかん発作と、その時に大脳皮質、海馬、扁桃体において測定された脳波を示す。

図2

NCNPのてんかん患者を対象とした塩基配列解析により、DSCAML1遺伝子変異(DSCAML1A2105T)が同定された(左図)。ゲノム編集技術を用いて、この変異に相当する一塩基置換が導入された遺伝子改変マウスが作製された。このマウスでは、てんかん患者で見られる異常な脳波が同様に観察された(右図)。

また、私たちはDSCAML1遺伝子の近縁遺伝子であるDSCAM遺伝子についても研究を行なっています。DSCAM遺伝子はダウン症の原因として知られる21番染色体に位置し、その異常によって様々な精神・神経疾患が引き起こされると考えられています。例えば、Dscam欠損マウスではジストニア様の行動異常が観察され、さらに中脳の顕著な肥大化が見られます。私たちの研究により、胎生期の中脳において、生まれてすぐの神経細胞が適切な位置へ遊走する際にDSCAMが重要な働きをしていることが明らかにされました。また、小脳におけるDSCAMの働きについても研究が進行中です。

図3

神経幹細胞から生まれた直後の神経細胞は、短い突起(終足)を伸ばして脳室面に接着している。この部分に集積したDSCAMがRapGEF2の機能を抑制することで、局所的にRap1の活性を低下させる。結果、接着面におけるNカドヘリンの量が減少して終足の接着が剥がれ、神経細胞は上方へと移動を開始する。

【2. てんかん手術検体を用いたマルチオミクス解析

てんかんの約30%は薬剤耐性を示す難治性てんかんであり、そのようなてんかんにおいては発作の原因となるてんかん原生領域を外科的に除去することが有効な治療法となります。この際に取り除かれた脳領域には、正常な脳と比較して、病態を反映した分子レベルでの変化が生じていると考えられます。この分子情報を探ることで、てんかんの発症メカニズムを理解できると期待されます。NCNPのバイオバンクには多くのてんかん手術検体が保有されており、私たちの研究グループは、このてんかん手術検体を用いた遺伝子解析(ゲノミクス)・転写解析(トランスクリプトミクス、シングルセルトランスクリプトミクス)・タンパク質解析(プロテオミクス、リン酸化プロテオミクス)を行なっています。これら分子情報を統合したマルチオミクス解析により、てんかんの病態機序を解明することを目指しています。

研究業績

Ogata S, Hashizume K, Hayase Y, Kanno Y, Hori K, Balan S, Yoshikawa T, Takahashi H, Taya S, Hoshino M. Potential involvement of DSCAML1 mutations in neurodevelopmental disorders. Genes to Cells. 2021 Mar;26(3):136-151. doi: 10.1111/gtc.12831.

Hayase Y, Amano S, Hashizume K, Tominaga T, Miyamoto H, Kanno Y, Ueno-Inoue Y, Inoue T, Yamada M, Ogata S, Balan S, Hayashi K, Miura Y, Tokudome K, Ohno Y, Nishijo T, Momiyama T, Yanagawa Y, Takizawa A, Mashimo T, Serikawa T, Sekine A, Nakagawa E, Takeshita E, Yoshikawa T, Waga C, Inoue K, Goto YI, Nabeshima Y, Ihara N, Yamakawa K, Taya S, Hoshino M. Down syndrome cell adhesion molecule like-1 (DSCAML1) links the GABA system and seizure susceptibility. Acta Neuropathologica Communications. 2020 Nov 30;8(1):206. doi: 10.1186/s40478-020-01082-6.

Arimura N, Okada M, Taya S, Dewa KI, Tsuzuki A, Uetake H, Miyashita S, Hashizume K, Shimaoka K, Egusa S, Nishioka T, Yanagawa Y, Yamakawa K, Inoue YU, Inoue T, Kaibuchi K, Hoshino M. DSCAM regulates delamination of neurons in the developing midbrain Science Advances. 2020 Sep 2;6(36):eaba1693. doi: 10.1126/sciadv.aba1693. 3.

Arimura N, Dewa KI, Okada M, Yanagawa Y, Taya SI, Hoshino M. Comprehensive and cell-type-based characterization of the dorsal midbrain during development. Genes to Cells. 2019 Jan;24(1):41-59. doi: 10.1111/gtc.12656.